Diary(的)

「人生、一寸先は海」(じゃぶじゃぶ...)

流行りモノ 2005年03月15日(火)

  またまた随分ご無沙汰してしまいまして色々とご心配かけてしまったようですね。すいませんです、ほんと。更に大変遅くなってしまいましたが先月のロード&スカイ、今月のサムズアップ、会場まで遊びに来てくれた方々には本当にお礼を言いたいです。ありがとね、楽しかったね。少しずつでもライブの本数を増やして行きたいなって思ってます。またどこか見かけたらよろしくお願いしますです。あーでもホント楽しかったぁ。
久し振りに唄いに出掛けて行き、会場で色んな人と会う。まぁ単純で当たり前な話しかもしれませんが、そうやって一歩外の世界に足を踏み出すと人は自分以外の他者と関わり合い、出会っていく事で自分の中の何かを確認しているんだなぁ、なんてしみじみと思う場面がね、この一月の間に何度かあったんですよねぇ。そこには予想だにしない人との再会やら意外なところでの新しい出会いやら、嬉しい驚きと言うかよろこびっくりと言うか。いやいやこれが、ほんとにねぇ。その中にはガキの頃からの仲間でここ十年位どこに居るかも分からなかったヤツもいたし、中学校の時の同級生なんかもいたし、ちょっとした諍いで会わなくなってしまっていたヤツなんかもいた。近い関係で言えばこの前のライブなんかでもChasin' DragonのSyuさんMayouさんも会ったのは半年振りだったしね。その時もね、こんな風に変わらず会えるってことは実はとてもHappyな事なんだなぁ、としみじみ思ってみたりしたわけです。
そんな事が妙に嬉しくてね、とにかく人に会うためならば時間も身体も多少の無理は承知の上、深夜の横浜までカッ飛んで行き、更にカッ飛んで帰って来てそのまま就寝なんて事を繰り返していたら、ある日とうとうインフルエンザにかかってしまいましたぁ。まぁ日頃から流行りモノに疎い俺としましては、発熱のだるさよりも感染した事実のほうが貴重であり祝祭的でもあったんですが(笑)、ちょっとキツかったですね、正直なとこ。なにしろ家にまともに動く体温計が一本もなくて、そのおかげで感染に気付いた時にはもうかなり身体が弱っていたらしいという無茶な経緯を辿りつつも何とかかんとか復帰。今も咳がすっきり抜けなくて参ってます、グシュン。やっぱりねぇ、もういい歳なんだからね、もう少しあとさきを考えてもいいんじゃないか?トータルで考えると結果はマイナスなんじゃなかろうか?とかも思いましたけれども(笑)、そんなに簡単には変わっていかないもんですもんね、人間。ならばせめて食の部分だけでもちゃんと気を使っていかなければ、と。方向性としては「金使わずに気を使う」。あぁ、またなんだかよく分からなくなってきましたが、本文の趣旨はね、ぼちぼちだけれど元気にしていますという報告をしたかった、のかなぁ?どうなんだろなぁ?
ちょっと先の話しですが10月に相模湖で開催されるイベント、Festa 360にまたまた呼んで頂きました。homeのページにバナーを貼っておきましたので興味がある方はサイトを覗いて見て下さいね。前回はたしか3年前だったかな?大感動大会に終わったスゴいイベントでした。今年も楽しみです。あ、今年も、と言えばこれもまだ先ですがAcoustic Camp '05 、9月の17(土)18(日)19(月)で日程が決まりました。で、全然先じゃない話しもあって今週の日曜日、3月20日には湘南フィッシュタンクでライブがあります。4月11日にはサムズアップでちょっと面白い顔合わせが決まっています。infoにもアップしておきましたので詳しくはそちらで!
まとめて書いたら長〜くなってしまいました。次はもっと簡潔に、ピンポイントで、適確な......。深みにハマりそうなのでもう止めます。みなさん、今週も頑張って!
 

Short Story 2005年02月17日(木)

  「バンドを、やってるんです。」

それがとても大事なことのように、でも少し恥ずかしそうな声で彼はそう言った。痩せてもいないし太っても見えない、身長も特に高くも低くもなく、髪型にもとりたてて特徴はなく、これまた地味な眼鏡をわざわざかけている。多分中学生か、高校生にしては少し幼く見えるかなぁって雰囲気で、まぁ要するにどこにでもいるような感じ。もし横にお母さんがいて、じつは普通という概念に服を着せ眼鏡をかけたのがこの子なんです、と紹介されてもきっと驚かずに納得してしまいそうな、そんな男の子だ。彼はギターを買うために俺の店にやって来た。レジにいた俺は彼に呼ばれて楽器売り場へ出て行った。

「これが、欲しいんです。」

見た目からは意外な位のはっきりとした口調で彼が指差したのはFernandesのZO-3。どこでも音が出せるスピーカー内蔵のミニギターで、真横から見るとまさにその名の通り「ぞーさん」の形をしている。俺も一本持っていて、以前相棒と八丈島へ行ったときは二人ともぞーさんを連れて行き、人がいようがいまいがそこいら中で出鱈目な歌を唄ったことがあった。その旅の最終日、島は何十年振りという大きな大きな台風が通過してかなりの被害を受けた。そのせいで帰りの船は欠航、仕方なく空港へ行ったが頼みの飛行機すらしばらくは飛べないらしいということで結局我々は二日も余計に島へ閉じ込められてしまう。空港で飛ぶかどうかも分からない飛行機の便を待つという予想外でしかも退屈極まりない時間の中で、こいつは本当に大活躍した。他にする事もないので何の気なしに始めた演奏だったけど、弾いて唄った俺達自身はもちろん、周囲にいた同じような心境の人々も巻き込んだあの時の即興ライブは今でもよく憶えている。なにしろサイズが小さいから持ち運びは楽だし見た目は可愛いし、実際に弾いた時の不安定なピッチにはまいるけど、それと引き換えにしてもいいような不思議な魅力を持ったギターなのかもしれない。ギタースタンドからギターを手に取り、カウンターへ向かう俺に彼が話す。今まで友達にギターを借りて弾いていたけれど、どうしても家で練習したいと思ったから、ギターを買うことにしたんです。つなぎ合わせると確かそんな風な話だった。それを聞いて、もしちゃんと練習するなら普通の大きさのギターのほうがいいんじゃないかな?と俺は思った。でも、ぞーさんに対する彼の気持ちはそばにいる俺にも伝わってくるくらい真っ直ぐで、野暮なアドバイスなんかするよりも早くこの子に弾いてもらえればその方がずっとずっと素敵な事のような気もしていた。結局、俺は何も言わずカウンターの上に置いたギターをソフトケースにしまおうとしたその時、

「あの、これでも、いいですか?」

そう言って彼が大事そうに小さな袋からコイントレーに取り出したのは、山のような数の百円玉だった。一瞬、俺の手が止まった。その百円玉達を見つめたまま俺は彼に、というよりはその百円玉達に話しかけた。

「貯金、したんだ?」

「……欲しかったから」

消え入りそうな声で彼が答える。俺が見つめる百円玉達は、その運命を告げられる瞬間を黙ったまま待っている。この子の目が見たい、そう思って俺は真っ直ぐ顔をあげて言った。

「もちろん!」

それを聞いた彼は、ギターを手に入れた満足感よりは自分が想定していた最後の難関をくぐり抜けたことを心底ホッとしている様子で、まるで作りのない素直な笑顔でギターを見つめていた。二人で百円玉の数を確かめ、俺は彼にギターを渡した。ぎこちなくかかえるようにして受け取ったギターケースを、彼はその場で手に提げて軽く動かしている。その手を通して感じる何かを、多分俺には見えないその何かを、確かめているのだろう。

「また、おいでよ」

と声をかけると、今度はにっこりとしてうなずいた。店を出て行く彼の背中を見送って、俺はレジへ戻る。トレーの上にはまだきちんと並んだままの百円玉達が待っていた。彼らも、ようやくホッとしているようだった。
 

Udu Drum 2005年02月14日(月)

  46,446 byteこの変な格好の壺は楽器である。「ウドゥドラム」というれっきとした打楽器で、俺は某リサイクルショップに部屋のインテリアとして陳列されていたところをほとんど壺代みたいな格安の値段で購入、というよりは「保護」に近い気持ちで持ち帰ってきた。穴の開いたところを手のひらで叩くと、それはそれは独特な音がするのです。「ドォゥゥゥン」というか「ブァウゥゥン」というか、ちょっと活字にするのは無理かもしれないな、この音は。俺はこの楽器、というかその時はまだ「壺」だったウドゥドラムに本当に偶然、思いもよらないところで出会ったわけですが、実はこの音、かなり前から必死で探していた音だったのです。
初めてこの音を意識したのはGeoff Keezerというピアニストのアルバムに入っていた「BIBO NO AOZORA」という曲を聴いた時の事。ちなみに発売は1997年なので七年程前、ですね。あぁ、そんな長いこと気になってたんだなぁ、としみじみ思うに相応しい年月ですよ、七年は。で、その曲は坂本龍一氏が作曲したもののカバーだったんですが、折り重なるチェロの音と彼のピアノ、そして全編にこの壺が奏でる妙な打撲音が流れていたんです。機械で打ち込んだにしてはすごく表情の深い音だし、一体何をどうすればこんな音が録れるんだろう?って、不思議に思いながら聞いてました。作品自体は、どこか淋しげで、遠い誰かの呟きのような、そんなピアノのメロディーが少しずつ暗さの違う局面を見せていき、チェロの旋律が場面を繋ぎながら最後に不思議なメジャーコードに着地するという、まぁ教授らしい作風の曲なんですが、その作品の縁の下を支えているのはやはりこのウドゥドラムじゃないかと。その後大層この曲が気に入ってしまった俺は、車でも部屋でもとにかくどこでもかしこでもこの曲を聞いてました。かといって、打楽器とかその辺りの事情に詳しい人とかに「この音、何?」とか聞いてみようともせず、ただ一人、胸の内だけで、「な〜んなんだろなぁ?」的にこの音の事を気にし続けていたわけです。だからね、すごく個人的で習慣的な解けない謎として、自分自身気付かないうちにとても大事なものになっていたのかもしれませんねぇ。.....何を言ってるのか、良く分かりませんが(笑)、それがある日出会った壺を叩いた時にその音が聞こえてくるなんてね、まったく不思議な話です(ごく個人的に)。その上これがその音の持ち主だと分かった分かった喜びはもう大変にエキサイティングなものでした(ごく個人的に、ですが)。
さて、これを一体どうやって叩くけばいい音がするのか?とか、どっちの手でどういう風に持てばいいんだ?とか、俺はなにしろ全然知らないもんですから、何となく近い音のする場所を探して叩いてみたりしてたんですが、ある日外箱に書かれた英語の説明を見つけました。で早速エキサイトで翻訳したりしてみたんだけど、これが違う意味でかなり面白くてね、そこに出てくる単語はしばらくブームとして大流行したりして(個人的に、です)。こんなことをいちいち面白がっている場合じゃないのかもしれないけど、これがその時自動翻訳機が訳してくれた文そのものです。

1. より低くより低音の類似の音を聞くために、手の手のひらを備えた腹部上で穴を打ってください。

2. 手の手のひらを備えた首の一番上の穴を打ってください。結果は、腹部の穴からの音と比較して、かん高い音になるでしょう。

3. 指先端を備えたUduの腹部を打って、道具の短くかん高い調子を聞いてください。ピッチを曲げるためには、手のひら技術を使用して、打った直後にUduから手を引き離してください。

まぁ、とにかく、そういうことらしいです(笑)。そんなわけで今、あくまで適当にではありますが、「手のひら技術」でピッチを「曲げる」ように部屋で頑張ってみています。うん、なんだか楽しくなってきます。
 

二月、と言えば 2005年02月08日(火)

  61,234 byte 全く息を継ぐ間もなくあっという間に二週間が過ぎてしまいましたが、いやぁ正直少し疲れたなぁ(笑)。日記もだいぶサボっちゃったしね。昼間は昼間で動きながら夜は夜であちこちへ出かけて行き、当然ライブの打ち合わせも無事終了しまして、これがね、サイコーに楽しかったりしてですね、とにかく怒濤のような感じで年明けを生きておりました、私。ご覧のようにフライヤーも出来ちゃったりしてまして、コレはもう是非皆さんに足をはこんで頂きたい!と、久し振りに強くお勧めするのでっす!、どう?強い?ん?
 さてこの季節、楽しみなのは恒例のスーパーボウルですが、ニューイングランドVSフィアデルフィア。かたや二年連続のチャンピオン狙い、かたや二十何年振りの出場、何にしてもスゴい迫力でしたねぇ。テレビで見ていてこんなにスゴいってことは実物はきっととんでもないんではないかと思われます。選手の体格はまるでセメント袋ですよ、セメント袋。奴らに比べたら俺なんかスーパーのビニール袋だね、ホント。フィアデルフィアのレシーバーにはT.オーウェンスなんて古い選手もいたりして、ルールはややこしくてよく分かんないんだけどそれでも見ていて楽しめちゃう、とにかくスゴいゲームでした。第四クオーター残り46秒の攻防はまさに運命を分ける息詰まるような展開、ぶつかり合うセメント袋、いや〜すごかった。そんなゲームを、メイプルシロップを塗りおまけにクローテッドクリームまで乗せたライ麦パンという良く分からないカロリー数値の夜食を齧りながら見ていたわけです、ハイ。コレ、太るね、きっと。
 ま、今日は久し振りのオフだったのですが、このところかなり強烈に必死に、そして優雅に(笑)声出しをしてましてですね、今日やっと歌っている感じにまで喉が戻ってきました。四ヶ月のブランクはデカイよね、うん。でも声が出だすともう楽しくなってきちゃってしょうがないの、自分で(笑)。まるで自転車に乗れるようになった子供みたい。洗濯しながら、掃除しながら、お弁当のおかずを仕込みながら、運転しながら、一日中いろんな歌を唄ってました。あ〜これじゃまるでとてつもなくノリの良い主婦みたいだな、そうじゃないんだけどな、ま、いいか。
 もうお気付きでしょうが今日は段落をもうけて文章を書いてみています。果たして読み易くなるのかどうなのか?アップしてみるまで分かりません。サイト内部も色々細かく手を入れて行きたいと思ってます。あっそうだ、リンクもね、少し新しくなってます。覗いて見て下さい。うっ、そんなことよりクイズだ、クイズね、すっかりほったらかしになってるわ、イカンイカン。そろそろ正解、出しますか?(笑)
 

間違い電話? 2005年01月21日(金)

  59,497 byteじゃ〜ん、これは最近ハマっている楽器、アコースティックしんせさいざーなのだ、ダハ、ダハハハ。近頃また楽器を集めているのですが(さて、何のため?)いろいろとね、面白いモノが集まっています。ホーナーのヘッドレスベースやら、このシンセやら。これはちょっと欲しい音を足したい時とかにろくに弾けもしないピアノをいじくるよりも素早く欲しい音を出せる武器として最適。今更ながら、面白いです、コレ。何でも触ってみないと分からないという良い例です、全く。とはいうものの、本当に俺らしくない一品なので内緒にしておこうかと思ったんだけどさ、何か新しい事に立ち向かう、ささいなささいな一面として一般公開してしまいます、ダハハハ。
そうそう、電話の話だ。最初、何かの間違いでかかってきたんだと思ったその電話。着信履歴に残された名前は何と高田エージさん。ご存知「永遠」でお馴染みのエージさんなわけです。もうこれくらいの人になると自分から「あ、何か間違ったんだなぁ」って、まさか俺に用事で連絡を貰ったなんて思わないんだよね(笑)、何故か。それが翌々日、またエージさんから電話貰いまして、なんとなんとなあ〜んと一緒にライブ演る事になってしまった〜〜!!!!のです。時同じくして九州のSHUさんからも電話を貰いまして、二月にこっちへ遠征してくる際会おうよってな話の流れが行き着く先、これまた一緒にライブを演る事になってしまった〜〜!!!!のです。ハイ、復活、であります。想像以上、あまりにも早い、自分的には急過ぎる展開なのですが、この際「復活」であります、ダハハハ。楽しみだなぁ〜〜、嬉しいなぁ〜〜。んなわけで、突然ですがLive、演ります。2/27(SUN)金沢文庫TheRoad&TheSky、3/4(FRI)横浜ThumbsUp、遅まきながら歌い初めシリーズです。詳しい事が分かったらInfoにアップします。さぁみんな、会場で待ってます!久し振りに会いましょうね〜〜!。
 

テレビで映画、見た 2005年01月14日(金)

  54,482 byte今夜は珍しくテレビのスイッチを入れました。ずっと見たくて見られなかった映画が放映されるから。その映画は「ドリヴン」。公開直後の評判はそれはそれは酷いものでスタローンが出ていようが何だろうがけちょんけちょんに言われていた映画。しかしですね、この映画の舞台となっているのはC.A.R.Tというアメリカンレーシングのシリーズで、これはF-1に比べると日本ではあまり馴染みがないんですが当時本国ではもう大変な人気のシリーズだったんです。当時、と書いたのはその後チームの他シリーズへの移籍やエンジンメーカーの離脱によりシリーズそのものが縮小を余儀なくされ、現在は放映権をさばくのも苦労しているらしいという波瀾万丈のレースなのです。HONDAがエンジンを供給していた頃、俺は三年続けてこのレースを見に茂木まで通いました。この話はコラムにも書いたけど、とにかくオープンなパドックの雰囲気に圧倒されっぱなしで、そこかしこに今までテレビでしか見た事のないドライバー達がうろうろしているわけです。声をかければにっこりして手を挙げてくれたり、気軽にサインしてくれたり。中でも印象的だったのはドライバー同士がとても仲良く見えた事。そこにはチームの垣根を超えた何かがあり、時速400km/hで隣り合うものにしか通じない何かがあるような、そんなオーラを感じてしまうのです。そのレースを陰で支えているオフィシャルの連中も格好良かったし、その時期のレイナードHONDAのマシーンは本当に綺麗だった。そのC.A.R.T絶頂期を舞台にした映画の中程で、クラッシュしたドライバーを助けるためにレースの最中マシンを降りて事故現場へ駆けつける二人のドライバーが出てきました。これはね、現実にはちょっとあり得ないだろうと思われても仕方のないシーン。綺麗事過ぎるだろうと誰もが思うに違いないと、見ていた俺も思いました。でも、頭の中には同時にもう一つの記憶がよみがえってもいた。それは1999年の終盤、最も壁に近い男と呼ばれる程アグレッシブな走りを見せていたドライバー、グレッグムーアがレース中のクラッシュで他界した時のこと。ゴール直後、その知らせを聞いた他のドライバー達へのインタビューで誰もが人目をはばかる事なく号泣していたんです。それはね、信じられないような光景でした。大の男達が世界中継のさなか、言葉が出ない位ボロボロに泣き崩れている。その時間にすればたった一分かそこいらのシーンが心に焼き付いてしまった俺は、そこに一体何があるのか知りたくて次の2000年シーズンから実際にサーキットへ足を運ぶことになるのです。その結果はコラムを読んで頂くとして、映画は恐らく俺がパドックで感じた空気感みたいなものを下地にして描かれているためにちょっと現実離れしてしまったような気がしました。俺はね、見ていてその場にいた時の空気を思い出したりしてたので結構楽しかったけれど(笑)。でもさ、こういうギャップってのは音楽でもスポーツでもアートでもそうだけど、その場の空気の震え方は実際にライブで体験しないとこれっぽっちも伝わらないんですよね。テレビで見た位で知った気になるのは、もう止めにしたいです。それにしてもジミーは今でも元気に走っているのだろうか?まぁ俺が心配する筋合いではないんでしょうが(笑)。  

音楽が、どんどん小さくなっていく 2005年01月13日(木)

  Appleからまたとんでもないプレーヤーが発売されましたね。ちいさなiPodなんだけどチューインガム位の大きさで200曲以上も入れられて12時間も動いて重さは22gしかなくておまけに癪に障るくらい可愛い。俺にしては珍しくこの手のモノに興味を惹かれていて何人かの人とこの話題で盛り上がったけれど「あんた絶対に失くすから!」という理由で誰一人俺に購入を勧める者はいなかった。うん、そうだな、すぐ失くすな。iBookですら気付かないうちに失くしたってのに、チューインガムだもんな、あっという間にどこかへ行っちゃうに決まってる。そういえばチューナーの保証書だってまだ見つからないし。そうだ、小さくなったって言えばお弁当箱位のMac本体も出たんです。これは持ち歩く物じゃないから失くす心配はないけれど、みんなの注目度はチューインガムの方が圧倒的に高いみたい。最初にAppleからのメールでこれを見た時、スイッチが何にも見当たらないのでびっくりしたけれど、どうもこいつの最大の売りはシャッフルという曲を勝手に選んで再生する機能のようです。聞きたい音楽を持ち歩くというよりは、自分以外の選択眼による選曲を楽しもうってことかな。これはもしかすると人々が毎日の暮らしの中で何かを選ぶ事に疲れてしまい、凝り固まっていく自分の嗜好を優先するよりもそれとは全くちがった価値観をモーレツに求めている現在にAppleが提案する一つの切り口かもしれない。このシャッフルという機能の底辺に潜むテーマが「積極的な主体性の拒否」なんだとしたら、俺は結構面白いんじゃないかと思いました。だって自分の日常生活を見てもパターン化されている事がほとんどで、っていうかそれをパターン化して行く事が生活というものなのかもしれないし、それらをアイデンティティーと称して「確立」することが一頃は声高に叫ばれてもいたし。でもその反面、自分なら普段絶対に選ばないような場所や物や状況や人物と接するような機会は、よほどのきっかけでもない限り失われてしまうような気がします。それこそ小はコンビニで選ぶおにぎりの種類から大は人生の決断を迫られるような事まで、自分で自分に蓋をしてしまっているような気になることがたまに俺はあるんですね。好きなものを好きと言えるのはとても素敵な資質だし、俺もどちらかと言うとそういうのがハッキリしている方かもしれない。でも、まだ触れる機会のない「好きじゃないもの」を「嫌いなもの」と思い込み無下に遠ざけてしまい、知る機会すら与えないでいる事があるみたい。そんな自分を客観的に見つめる時間なんてほとんどないし、娯楽としてのメディアはそういう事から自分が離れていられるようにと作られているので更に可能性は薄い。そんな毎日にiPodがクールなスタイルを持ってさりげなく、自分以外の可能性を見付けるきっかけを持ち込めるとしたら、これはちょっと面白いかなぁと思ったのでした。ま、勝手な想像なので全くの見当違いかもしれないし、もしかするとあんまり小さくし過ぎちゃったのでスイッチを付けたくても付けられなかっただけなのかもしれないし、まぁどっちだっていいんだけれど要するにコレ、一個欲しいです(笑)。  

寒空に消えた叫び 2005年01月10日(月)

  39,446 byteホント、冬らしいピリッとした風が吹くようになりましたねぇ。皆さん風邪などひいていませんか?俺の周りにはじわじわと風邪っぴきの包囲網が近づいてきています。なのに何故か今年は元気なままの俺。今の所これといって体調の崩れはないんですが、昨日俺は久し振りに感電しました。


「感電」.....なるべく普通に、さりげなく自然に、どこにでもある事のような書き方で切り込んでみようと思いながら書いたんですが、どう読み返してもやっぱりちょっと違和感ありますね。変だわ、「へ?」ってなるわ、こりゃ。きっと感電そのものがまだ市民権を得ていないというか、日常あまりポピュラーな出来事ではないんでしょうね。それはそれでしょうがない。なにしろ書いている本人もそんなにしょっちゅう感電してるわけではないです、念のため。そう、昨日はデジカメをバラバラにしてたんです。基本姿勢としては「修理」、でも見た目は「分解」。特に故障もなく活躍中だった愛用のファインピクス、それが突然電源を入れるとピキィーーーーーという高周波のような金属音がするようになってしまい、写真を撮るたびにその音で脳みそが収縮するようなむず痒さを味わっていまして。その原因はどうやら液晶モニターと関係があるらしいという所まで色々操作をしていて辿りつきました。いじりまくってみたら液晶モニターをオフにするとそのときだけ音が止むのです。怪しい、これは怪しい。ま、例によってなにがどう怪しいのかはサッパリ分からないまま、とにかく開けて見てみようということになり(一人で勝手にそう思っただけ)、工具箱から精密ドライバーを取り出します。以前、1700zという機種を紛失し、大雪の街中で水浸しになって見つかった時、バラバラにして乾かし上手く生還させたので、今回の4700zもそうたいして変わらないだろうとたかをくくっておりました。しかしこの機種は動画も撮れる機能が付いてたり、ただでさえ何だか分からないその中身がより一層込み入った状態へ進化しているよう。基盤も複雑なら配線も細かくて沢山ある。「......」開けたはいいけれどそれを見つめるしかない俺は、何かやってる振りをしなければと思い液晶の窓を拭いたり(バラさなくても、拭ける)ストラップを結び直したり(バラさなくても、直る)。これじゃ、まるでアホじゃねいですか?そうだ、音だ、音に関する場所を探るんだ!気を取り直し、マイクが付いている辺りの配線を確かめようとドライバーで線をつつきだしたその時、「バチッッッ!」という破裂音と共に指先が弾け全身にしびれが来た。「ぅああぁ〜〜〜〜っ」ってもうね、深夜だというのに大絶叫してしまいました、あぁ恥ずかしい。何が起きたのかすぐには分からなかったんですが、どうやらストロボ用に電気が溜まっているところをドライバーで触ったらしいです。溜め込んだ電圧は結構強力なものがあり、しばらくは手がブルブルしたまんま。おまけにその瞬間驚いて吹っ飛ばしたデジカメは配線もはめ込みも外れ、それぞれが離ればなれの哀れな部品のひとつとなり、床に落ちている。それは今までに見た事がない最小単位になってしまっている。「....終わった、」、その脱力感に沈むのを、まだ早いままの心臓の鼓動が引き留めて許さない。どういう事かというとですね、すっげぇドキドキしてるのにモーレツにガッカリ、な訳です。どうです!この凄まじい精神状態。錯乱一歩前、しかも状況的に救いはゼロ。完全に敗北した俺は震える手でアイスコーヒーを作りに台所へ行き一服。煙草の火が、揺れている。あぁ、分からないものを希望と期待で開けてみたところで、それは相変わらず俺には全然分からなかった、という現実的分からなさみたいなものだけがすごく良く分かったみたいな自分。あの部品達が元に戻る確率は限りなく低く、俺がそれに立ち向かうためには愛や正義や勇気やそんなものが沢山必要な気もする。深く息をして、やっと口から出た言葉は「あ〜ビックリした。」その一部始終を、誰にも見られなかったのは唯一の救いなのかもしれない。
 

年賀状 2005年01月07日(金)

  52,845 byte俺自身はここ何年か、年が明けてから準備するという実に怠慢な新年の挨拶となっている有様なんですが、そんな俺宛に今年も沢山の年賀状を頂きました。ありがとうございます、ホントに。中には意外な人からの意外なタイミングでの年賀状なんかもあったり、更に意外な人がこのサイトを覗いてくれていてしかも楽しみにしていてくれてる事が判明したりしまして、ビックリしながらも素直に喜んでます。ありがとうね!一昔前は写真入りの年賀状なんてお店に頼んで作ってもらうのが普通だったのですが、昨今のPC普及率並びにプリンターの性能向上には目を見張るものがありますね。それが一番顕著に表れるのがこの年賀状ではないでしょうか?うちに来たのなんてどれもこれもスゴい出来映えなわけですよ、写真も綺麗だしロゴも凝ってるし。でね、今年は俺も写真入りのヤツを一発作っちゃおうかなぁ、なんて甘い考えでやり始めたのがそもそもの間違いだった。大体、俺は日頃写真などの映像資料はほとんどWeb用に加工してサイトやBBS、日記用に使っているんですが、これをプリントするとなるとWeb用とは全く加工方法が違うってことをね、今回の年賀状作りを経て初めてキチンと自分なりに理解するはめになりました。画像を修正するソフトの違いやら、解像度の違いやら、保存するデータ形式の違いやら、一体俺は今まで何をどう解釈していたのか、逆に言えばこんな事も分からずによく今まで恥をかかずに来られたもんだ、と言うか(笑)。かなり以前に親友こんたが画像処理で苦戦しているのを端で眺めながら作業にまつわる苦労話を嫌と言う程聞いてはいたのですが、やはり自分の血を流さないと理解するという次元には辿り着かないタイプなんですね。「出来た出来た!」なんつって最初にプリントアウトしたのなんかね、これが四角いツブツブで出来たいたずら書きのみたいな有様でして(笑)。そもそもWeb用のソフトでデザインをしてしまったのが大きな間違いなんですが解像度72でプリントされたロゴや写真は俺を奈落の底に突き落とすには十分な、その上数々のクエスチョンマークを生むには完璧な材料でしかなかったわけです、トホホ。「どうしてこんな酷い出来なんだろ?」から始まり「どこが間違ってんだろ?」「どうすりゃいいんだろ?」等の漠然とした問いを一つ一つつぶしていく事になるのですが、なかなか解決はしません。当然ですよ、理由すら分からないんだから。今回初めて今まで持っていた自分の知識と現実に出来上がったその画像とのギャップを、ハガキ大でまざまざと見せつけられ、正直ちょっとガックリ来てしまいました。な〜んにも知らなかったのね、俺、みたいな。一時はもう今年は出すのを諦めようかとさえ思いましたが、苦労は実るものです、みなさん。なんの偶然かは未だに分かりませんが、何とか見られる程度の画像が出来上がったのであります。ふむふむ、勝因はこれから探るとして、そんなことよりとっとと書いて出さなければ(汗)。そんなわけで年賀状を下さった皆様、これから急いで発送します(おっせーよ!ボケ!)のでもうしばらく、しばらく、待ってやって下さいまし。  

今年の年明け 2005年01月03日(月)

  19,226 byteそろそろ世間はいつも通りに動き始めようかというこの時期、以前現場関係の仕事をしていた頃は割りにゆったりと休みがあったし、そうでない時も大抵は家でのんびりしていたような気がする。いわゆる正月休みです。年末は一応掃除もしてみたり、お飾りもつけてみたり、酒もちょっと飲んでみたり。まるで世界中のやる気が消えてなくなってしまったように静まりかえった元旦の街や、それを引きずったまま迎える夕方の空気や、元旦の醸し出すそういう気怠い雰囲気が結構好きでしたね、子供の頃から。そんな街の空気や景色が記憶の中にしっかりと残っている。よりによって何でそんなどうでもいい事を憶えているのか良く分かりませんが、きっと下らない事が好きな下らない人間なんでしょうね、自分(笑)。ところが今回の年越しは大晦日も元旦も関係なく動いていたせいか、まるで実感が無い。それは流れゆく毎日の中にすっぽりと飲み込まれてしまい、そんな感覚の中では元旦でさえただ十二月が一月に変わっただけのことである。昨日も顔を合わせていた仲間と同じように会い、普通に一日は過ぎていき、また過ぎていき、気が付きゃもう三日だっていうじゃんね。何て言うか、こんな風な感じ方が自分にとって新鮮で、まんざら悪くない気がします。カウントダウンのライブみたいな節目になるイベントもなく、かといってのんびりするわけでもない、「淡々」とした感じ。とにかくそんな三が日なもんで、相変わらずゴソゴソコチョコチョ、やっています。今日は前から調子が悪かったチューナーの修理なんぞしてみた。まだ買って半年位のモノなのでみんなは修理に出せばいいって言ったんだけど、結局開けてしまいました。電源部分の半田が微妙に外れていたようで、ほんのちょっと半田ゴテで触ったら息を吹き返してくれた。チューナーたるものがこんなに簡単にいかれちまうなんて多少許せない気もしたけれど、でもまぁ、直ってホッとしたって気持ちのがデカイかな?なにしろね、ホント言うと最初は修理に出すつもりで梱包用の箱まで用意してたんですが、探しても探してもとうとう保証書が見つからなかったのね、これが。たった半年前、なのに(笑)。その手の書類は無くさないように集めてあったつもりなのに、無い。その上だらしがないことを認めもせず、それが見つからない事が不思議でしょうがない俺。まだ自分はちゃんとしていると、思いこんでいる(笑)。結局ね、半田ゴテやねじ回しなんてものはある意味保証書を失くすような人間のためにこの世に存在しているのかも知れない。そう思うと、彼らのほうがずっと立派で偉そうに見えてきた。ま、実際その通りなのかも知れませんが(笑)、なんにせよ直って良かった、うん。そして俺はその偉大な半田ゴテをしばらくしげしげと眺めて、前よりも少し、彼と親しくなったような気持ちになっていたのでした。  


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