Diary(的)

「人生、一寸先は海」(じゃぶじゃぶ...)

当日 2005年11月26日(土)

  になるまで詳細のアップし忘れに気が付かなかった。とりあえず今日明日の出演者だけアップしました(笑)。ちなみに今週末Chasin'Dragon様御一行宿泊中。たまりにたまったライブレポもアップしたいのにな。とにかく今夜は由比ケ浜、明日は金沢文庫でお待ちしてますです。では出発です。。  

2005年11月04日(金)

  OSを初期化してやっとマトモに変換するようになりました。長らくご無沙汰してしまいました、りゅうまろです、今晩わ。故障中にメールを頂いた方々にはこれから順を追って返信していきますのでしばらくお待ち下さい。年を越えないように頑張ります。BBSにもたくさんの書き込みありがとうございます。大変励みになります。今月もまたよろしくお願いします。

さて、ここが動かないということは現実社会でわりと一生懸命歌っていると言う事の裏返しでもある訳ですが、日記があまりに長い間空いてしまったので今回は全く関係ない話を書いてみたいと思います。


それは何度も同じ構成で繰り返し見る夢の話で、忘れたなぁと思った頃にひょっこり思い出したようにやってくる「軽く呪い?」みたいな夢なのです。俺が電話をかけているだけのどこにでもある下らない状況なんですが、その電話をかけている相手は筑紫哲也さんでして、その上いつもいつも留守番電話なんですね、筑紫さん家。


毎回筑紫さんはこうおっしゃいます。
「はい、筑紫哲也です。只今News23に出演のため電話に出られません。急ぎの御用の方は局にご連絡下さい。じゃぁ」


それを聞いた俺は、
「あははは、筑紫さん、今日もにゅーすやってるよ、あははは」

と、多少和んで電話を切る辺りで目が覚めます。


もちろん筑紫さんとは面識もありませんし電話でお話したことすらありません。どうして俺が筑紫さんに電話をかけているのか?なんで電話番号を知っていて、そもそも何故知り合いなのか?最初の頃は不思議でしょうがなかったんですが、最近はあ〜また電話しちゃったよ的な妙に習慣化した後味を残していて、俺の中では当たり前の出来事になりつつあります。いけないことです。全然当たり前じゃありません。


まぁこれを材料に分析されてもそれはそれで嫌なので放っておいて欲しいのですが、俺の高校の同級生には「ツーリングタイプに自転車に乗った銭形平次親分にものすごい速さで追い回される」という訳の分からない夢を見ている人もいて、筑紫さんならまだいいかなぁとも思っています。


更に関係ありませんが先日吐くほど呑みました。ちょっとやつれています。また書きます。でわ。
 

さぁ、つぎの祭りさ。 2005年10月14日(金)

  36,861 byteAcousticCampが終わりホッとしたのも束の間、相模湖ピクニックランドで開催された「Festa360」に参加してきました。これはね、大昔にホンダが創った360ccの軽自動車「ステップバン」のオーナーズクラブが主催するイベントで、全国の360cc愛好家(?)を一カ所に集めてお祭りを矢ってしまおうというもの。でね、俺もこのステップバンにずっと乗ってたんですよ、18で免許取ってからずっとね(hobby/Driveの画像参照)。昭和47年〜49年の僅かな期間しか作られなかった車なので相当古いですよね、二十年以上前の車。まぁ軽く触れておきますと絶版車に乗り続けるというのはかなりの根性がいる行為でして、なにしろね、もう部品が売ってない。消耗部品だってメーカーはもう作ってない。走るために必要なものがどんどん手に入らなくなっていくわけ。これはまぁ高度資本主義経済の世の中においては仕方のない事かも知れませんが、そんな小さな車にどういうわけか惚れ込んでしまった人達はみんな一生懸命知恵を絞り、他の車用の部品を上手く合わせてみたり自分で削って作ってみたり、そうやって幾つもの苦境をアイデアと工夫で乗り切っているわけです。端から見たら「新しいのに乗り換えりゃいいのに」って思うのも当然なんだけど、不思議な魅力があるんだよねぇ、古い車の表情って。だんだん手放せなくなっちゃうみたい。でまぁ、ある意味根の深い病気にかかったそんな人達が集まる会場でライブを演らせて頂けることになってまして、ギターを積んだ愛車SM-Xで会場へ向かったのです。そう、今はもう俺オーナーじゃないんです。色々事情があって手放してしまった。本当ならそのクラブの主題でもある「車」から降りてしまうとそこでの人間関係からも自然に遠ざかってしまうのが普通の成り行きな気がするんだけどさ、でも不思議な事にね、切れないんだよねぇ。むしろ俺は車を降りてからの方が付き合いが濃くなったような気すらします。オーナーズクラブの集まりに顔を出すには、やはり降りてしまったという後ろめたさがないわけでもないんですが、そんな気持ち以上に「会いたい人」たちがそこにはいるんですね。だから今回もずうずうしくスタッフとして前日から入り、会場準備を手伝わせてもらいました。

AcousticCampみたいに自分が仕切るイベントだと、事故があったり何か分からない事が持ち上がった時に連絡がとれるよう必ずどこかに居なきゃ行けないような、つまり自分がふらふら動いてしまってはいけないっていうのかな?、あまり軽快には身動き出来ない部分もあるわけです。動きたくても立場上そうする事で、結局は全体が落ちついてみんなが安心してバカやれる空気につながっていくんだなって、やっと最近思えるようになってきた。だけどこのイベントの中枢はP氏がしっかり掴んでいるから俺は現場で動く立場で居られるんだよね。この差はね、面白いんですよ、自分の中で。今この時間、どこに人が足りなくて自分がどこへ動けば流れがスムースになるのか?なんてのを自分なりに想像しながらあっち行ったりこっち行ったり。これはもうスタッフとしてのイベントの楽しみ方りゅうまろ風とでも言いましょうか、そういう視点で会場とやり取りすることに後悔が残らないよう気持ちを入れる、なんてね、思いながらね、うん。っていうかさ、こういう祭り事が好きなだけなんですかね、結局は(笑)。当日は歌も唄うんだから早く寝ればいいのにさ、夜もわくわくして全然寝られなかったもんなぁ、馬鹿だなぁ。

今回はとにかく天気がぐずぐずしてやがりまして、一日中しょぼしょぼとした雨に降られていたので野外イベントとしては決して絶好のコンディションではなかったのは事実。でもそんな天気なのに途中で帰ってしまう人も少なく、ほとんどの人が最後まで会場で遊んでいました。ミュージシャン的側面から言えば、特に生ギターについては雨のせいで相当ナーバスになってたりして。湿気のせいでホントに情けない位鳴らなくなっちゃうしさ、後でネックに影響が出ないとも限らないし、見た目よりは結構気を使うんだよ。でも会場に集まったたくさんの車だって同じ事、普段は本当に大事にしている車をこの天気の中会場まで連れて来てるんだもんね。ステージの上でポツダム巨人軍のまさみちゃんが「りゅーまろのマーチン、何年の?」って聞くから「'73年かなぁ?」って答えたら、「おぉ、じゃ昭和48年式じゃない?ステップと一緒だ!」だって。普通ね、楽器の年式を昭和の年号で言う人は、いませんから。いや、ホントにいませんよ。可笑しかったなぁ、もう大笑いだった、48年式マーチン(笑)。ま、呼び方はどうあれ奇しくも車達と同世代のギターを持って来たんです。ちゃんといたわってあげないとねぇ、壊れちゃってからじゃ遅いもんねぇ。もう少し大事にしよっ。

さて、ちょっとライブが途切れている十月の半ばなわけですが、ここ何日かは今月末のイベント、この秋最後の祭りとも言うべき横浜ランドマークプラザで行われる「Artist Fes 2005」に向けての準備をしたりしています。この日はこれまた何年振りになるのやら、てつと二人で唄います。一体どんな風に聞こえるんだろう?なんて今から楽しみにしています。その週の藤沢はカフェウィークという祭りで街中が盛り上がる予定らしいので俺も何カ所か唄いに行きます。そうです、つぎの、祭りの準備をしてるのです。お近くの会場があれば是非その会場で会いましょう、お待ちしています。具合のおかしかったiBookもなんとか復活したし、なるべくこまめに日記を書くようにしますので、だからここにもまた遊びに寄って下さいね〜。ではでは、次は琢磨林間学校で会いましょう。
 

「家にいる」 2005年09月29日(木)

  やっと落ちついて部屋にいるような。いったい何がそんなに忙しいんだか良く分かりませんが、こんな時期もあるんですね、ホント。ゆっくり風呂にも入れなかったもんねぇ。最近急に寒くなってきたからシャワーじゃ風邪ひいちゃいますよ、シャワーじゃ。

ま、ちょっと報告がたまってますので先週のライブから振り返ってみます。

まずはDaisy's、色んな方が来て下さいましてホントにありがとうな一夜でございました。関西方面からお店に寄っていた四人組の中には誕生日の方もいらっしゃいまして(このところ何故か誰かの誕生日によく遭遇)、スペシャルな香り漂う夜でした。高校時代の軽音部の部長夫妻も駆けつけてくれましたし(立派な不良中年として更に先輩化していたが)、店に来るいつもの仲間も集まってくれて嬉しかったです。ありがとうね、またよろしくです。

で次の日もDaisy's、今度はカトリーナチャリティーライブ。七里ケ浜のブルーグルーブ店主「タカ」の呼び掛けに集まったミュージシャン、おおまかに紹介しますとバンドの中心はコンちゃん率いる鎌倉マッキアートの面々、それにギターでタカが参加して、唄は山浦克己さん、俺、ハミングキッチンという何やら豪勢なライブになりました。俺も久々にバンドを背負ってのステージだったのでエイトビート野郎に先祖帰りしてしまいまして大はしゃぎ。いや〜みんなで唄うのって楽しいよねぇ〜。後で聞いたら俺すごい楽しそうな顔してたった言われちゃった(笑)。募金も四万円近く集まっちゃって来てくれたお客さんには本当に感謝です。タカがしっかり振り込んでくれたと思います。全部のライブが終わったあとのお店にはハミングキッチンのヤンちゃんがやってるとらジャムのメンバーが揃ってしまい(笑)、なんだかんだで明け方までセッションしてしまうのです。帰りはもうへろへろ。

その翌日、今度は横浜のサムズアップ。もうこの辺は行きからへろへろなんですが、世話になっている小山君の結婚パーティーと聞いては顔を出さないわけにはいかない。昼の仕事を終えた後、一路横浜へ。会場に入るとステージにはSWAMPSのハットがいましてこれから何かを唄うところ。「何か演らせろ!」と耳打ちして客席へ戻るとそこにはハミングキッチンの二人。もう連日のことなので会ってもお互いにやにやするばかりです(笑)。夕べは楽しかったねぇ〜なんて言ってるうちにハットのStand By Meへ乱入、その後ハミングキッチンの二人も呼んでTwist&Shout、もう完全にエイトビート野郎で御座います。いや〜大合唱、たまりませんな、こりゃ。バンドやりたくなっちゃいました。会場には久々に会う友達や、高田エージさん、佐藤克彦サチコ夫妻、ビトちゃん、遠藤コージ君、熊本から東田トモヒロ君もいてあっちこっちで抱き合いまくり。主役の小山夫婦もいい感じで何かすごく暖かい気持ちになったいいパーティーでした。帰りは何故かモモコとハットと俺という変則チームでラーメンを食べに行き、その上大和の方までハットを送るという荒技で終焉。また朝方帰ってくるわけです。完全にへろへろなわけです。

更に次の日、仕事を終えお腹がぺこぺこだった俺はDaisy'sの新メニュー「ビタミンズライス」を食べるため由比ヵ浜へ直行。って実はライブの時に忘れたファイルを取りにいかなきゃいけなかったんですが、その夜はかの八咲潮君のバースディー!こりゃ一曲唄わずには帰れない、ってことでカウントダウンに始まりみんなでお祝いをしているとそこになんと小田トモヒデ氏が突然乱入(笑)。おまけに一緒にいるのはキンちゃんことパーカッションのかねたけいさお氏にギターの長谷川さん。あぁ、こりゃまた帰れない、ってことでキンちゃんにまで一曲唄ってもらいまして(ひどい話しです。お客さんとして来てるのに)、その後到着したJazz Bar ダフネ特製バースディーピザなんぞ頂きながらJazz Singerの竜太郎君と龍&竜のセッションで盛り上がってしまい(多分この辺りからは意志とは無関係に身体が勝手に唄ったり弾いたりしてた)、結局また明け方部屋に帰って来たのでした。

短いんだか長いんだか良く分からない一週間。だけど、仲間がいるって素敵なことだなぁって、つくづく思った一週間でもありました。決して金には変えられない気持ちが、そこにありました。暖かいよねぇ、こういうの。俺もそういう場所に届く歌、唄えるように頑張ろうっと。
 

あぁ、すいませぬ 2005年09月25日(日)

  現在午前二時

またも唄いに行っていました。
一日が二十四時間では少し足りない感じ。
火曜日には時間が取れそうなのでそれまで、
それまでしばしお待ちを。

なにしろAcousticCampの写真、四百枚もあんの。
まだ全部見れないの(笑)
 

す、すいませぬ 2005年09月24日(土)

  毎夜唄い歩いておりまする。
様々なアップ、もう少々待たれい。
す、すまぬ、本当にすまぬ、。
 

言葉が見つからない 2005年09月22日(木)

  事前準備まではぽつぽつと書けていたんですが、いざAcousticCampが終わってみるとそれを的確にお伝え出来る言葉がまるで見つからない。自分で仕組んでおいて自分で言うんじゃ全くの自画自賛でしかないんですが、ホントに楽しい三日間だった。毎年毎年、前回を上回るような企画にしなければというプレッシャーがあっての九年目。仕事にもならないのに駆けつけてくれるミュージシャン、その仲間達の素晴らしい唄には途中涙が出てしまいました。詳しい事はちゃんとキャンプのほうのサイトに書きたいと思いますが、これが書いては消し、書いては消し、の連続で(笑)。思い出しながら書いているとその余韻に引きずり込まれそうになったりね、マジで大変です、この作業。

とはいえ余韻に浸ってばかりもいられない。明日はデイジーズ、びしっと行きます。びしっと。遊びに来てね。


あ〜それにしても楽しかったなぁ。
 

一休み。もう一息。 2005年09月16日(金)

  36,306 byteやっとのことでステージに飾る「'05」の看板を塗り終えたところ。この写真じゃ小さくて見えないけどふちが青なのね。この青、ペンキを家にあった在庫で済ませたせいではじめに思ってた青とは全く違う青になっちゃったんですが、まぁこれはこれで黄色と合ってるから良しとするのだ、するのだっ!と、無理矢理に自分と折り合いをつけるため、一休みです。アイス、食ってます、チョコチップ入りのハーシーズ。

明日はもうキャンプ場へ向かうんだから荷物のパッケージやら積み込みやらまだまだ残ってるんだけど、ってことはこんな呑気にアイス食ってる場合じゃないんだけど、でもま、一休みするです。看板さえ終われば一安心なのです。でね、こうして座って落ちついて来るとね、いろんな人に「じゃ明日、森へ行ってきます!」てね、言いたい気持ちになってくるんですね、なんとなく。顔が浮かんでくるの、いろんな人の顔が。こんな事、初めてだなぁ、なんだろなぁ?でも、いい気持ちって言うと変だけど、それがなんだかすごく嬉しいんだよね。あぁ、なんだろう?この気持ち?

今夜は風が少し冷たくて、窓を開けてるとスキッとした空気が部屋を通っていくのが肌で感じる事が出来る。夏の間フル稼働してくれた扇風機一号と二号も今夜はお休みです。そのせいか部屋がすごく静か。虫の声が良く聞こえてる。今、「会長」チームからピザとけんちん汁、準備オッケーというメールが入りました。うぅぅ、楽しみだなぁ、けんちん汁。早く森へ入りたい。入ってしまえば後はゆっくり出来るんです。この分だと夜はかなり涼しいかも知れません。お越しになる方はくれぐれも上着の用意をお忘れなく。外で椅子に座ってボーッとしてると、飛ぶんです、ムササビが!俺も上着出しておこう。さ、もうちょっと準備してきますね。ではでは。
 

エレキの虫?アコギな男? 2005年09月14日(水)

  46,436 byteいきなりなんですが、これもかれこれ十年近いお付き合いになる先輩、元ハミングバードのバグダム福山氏とお互いの部屋を行ったり来たりしていました。まぁそれはそれは突拍子もないタイミングでかかって来てしかも気が付くと一時間位は平気で喋ってしまうという「魔の電話」の主でもあるのですが(だってその時間でどっちかの家に行けちゃうからね(笑))、そんな電話が俺は結構好きだったりしてですね、音楽の話しはもとよりお互い苦手なこんぷーたーの事やゲームの話しやら、色々お話するわけです、男同士で。

そもそもバグダム福山氏が今度のレコーディングで弾けるアコギを探していて、「うちにはコレとアレがあるよ〜」「ほぅ〜、じゃ試しに弾きにいくわ〜」みたいなノリでうちにわざわざ遊びに来てくれたんですね。しかしまぁギターを前にしたら我々なんておもちゃを見つけた子供とたいして変わらんなと思い知らされるが如く部屋中の楽器を弾きまくって「これ重いよね」「うん、重いね」だの、「いいなぁ、コレ」「うん、いいよねぇ」とか言ってるうちに時間がなくなってしまいました(笑)。

で改めてうちのギタ−が出張することになり、今度は俺が遊びにいきますよって事でギターを届けがてら深夜のバグダム邸を訪れた訳です。夜も遅いし福山さんちにも事情はあるし、さっさと帰ろうと思っていたんだけど、ギターを前にするとそうはいかないもんですよ、やっぱり。おまけに新しくなっていたPCでの制作環境を見ながら、その使い方を色々説明してもらいました。これは勉強になった。参考にはならないかもしれないですが(笑)、勉強になりました、福山さん。何だか音楽の制作事情って、ここ何年かですっかり便利になってきたような気がします。歌の音程までその場で直ってしまうなんてちょっと怖い気もしますが、とにかく便利になりましたねぇ。俺も何か導入し〜ようっと。

Acoustic Camp前のこの時期ですから当然福山氏にも声を掛けていたんですが、残念ながら今回は時間の都合がどうしてもつかずに断念。福山さん本人も来たがっていたし夜のあのステージの雰囲気を見せたかったんですけどね、仕方ないです。また来年ですね。そう、今日はライブパスの印刷と看板の下書きをして、そしてそして'05のTシャツが家に届いちゃいました。今年もいい感じですよぅ、ですよぅ〜。

と、ここまで書いてふと横を向いたらスナネズミが二匹、楽しそうに部屋を横切って行きました。また蓋を閉め忘れたみたい。大変だ、早く捕まえないと。先日の大脱走の際、ACアダプター二つとテレビのリモコンの8と12を齧られてしまい、いたずらもいい加減にしろと文句を言ったばかりなのに、またやられてしまう......


.....あぁ、秋の夜長
 

笑え、鬼達よ 2005年09月10日(土)

  45,100 byteなにしろ秋時間、チガッタ、空き時間はモーレツにイベント準備に追われているわけなのですが、よく考えたら来年は十周年なんですね、Acoustic Camp。まぁもろもろの事情により丸太の森が来年どうなるか分からない状況ではありますが、今年の打ち合わせをしているうちに、ぜひとも十周年は盛大にやりたいなぁと思ってしまうような話しが幾つも出てきまして。十年やって、やっとやり方みたいなもの?ノウハウってぇやつ?がね、おぼろげながらに見えてきたような気がするんです。自分の身の回りで応援してくれている人たちの気持ちを、いかにライブ会場に集める事が出来るか?そういう意味合いにおいて今年の打ち合わせはとても大きな収穫がありました。

そういう経験値とか情報とか、身を削って得たもの以外に男の価値を決めるものはないんじゃないかと、かの村上龍氏も言っておりましたが、それを積み重ねていく先にひとつの結果を出してこその経験値でもあるわけで、むむむ。やっぱり来年もやりたいよね、会場探してさ。毎年ね、本当にたくさんの人の気持ちが俺を突き動かしてくれていて、結果Acoustic Campが出来上がっていくんです、そうなんです。自分だけじゃとっくに挫けてしまっているような局面を幾つも乗り越えて来れたのは、そういう人達の気持ちが俺の背中に張り付いていたからなんです。ここで感謝の言葉を述べ始めたらきりがないんですけれど、毎年イベント直前のこの時期には、どこかそういうしんみりとした気持ちになったりもするのです。

同時に、この一週間だけは神様どうか俺を活かしておいて下さいまし、なんて謙虚な気持ちにもなったりしてですね、日常の精神的なバランスをとる事が難しい時期でもあるのです。今年が明けてからというもの、その辺の事情は個人的にアホ臭い位の苦労をしていまして、本当に不安定な心のままここまで来てしまった。それに追い打ちをかけるように更なるカオスの渦の中へ突入していく自分が、悲しくもどこか楽しい一週間なのです。なにしろ金を儲けるというこの経済社会においてもっとも必要とされる才能が著しく欠如している自分において、じゃぁ出来る事は何なのか?と問うたらば気持ちを集めることだけなんですね、きっと。でも、それは世間的に見れば目にも見えず形も作らず、一瞬の空気の震えで終わってしまう。だからこそ、そこに居合わせた人にそれを味わってもらうために出来る限りを注いでみようとする。そして思うのです、神様お願いです、どうかこの一週間だけは俺を活かしておいて下さい。

なんだか遺書みたいな雰囲気になってしまった(笑)。でもね、今年は切実に思います。Acoustic Campを見ずして、りゅーまろを語るなと。宿泊が不可能な方はライブだけでもいい、とにかく体験して欲しいのです、Acoustic Camp'05を。
 


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